こんぱくとでぃすく。

皆さん、こんばんわ。
今日は一日中わたしの頭の中で切り干し大根が切り干しされててもう大変です、MEGです。


そうなんです。大変なんです。
今日ずっと切り干し大根がわたしを洗脳してて、もう困った。
そんなことを考えている場合じゃないのに(>_<)


そう。そして新譜のCDがどうしても聞きたくて欲しくて、今日はそればっかり。

仕事が終わったらCDを買って切り干し大根を買って煮付けを作ろうってこの二つのことばっかり考えてて。


お昼休みにCDショップにいったら売ってなくて、仕事が終わって違うお店にいったら、無くて、また違うお店にいったらなんかイベントやってて、ちょっと怖そうな人が沢山いて、失礼だけど、怖くて、そんななか探したけど無くて、最後にまた違うお店にいったらやっぱりなかったよ。


発売日前から楽しみにして、そんなんなら予約とかしとけばよかったのにって思ったけど、予約とかできない人間だったことを思い出して、入荷しましたって電話くるのが嫌でしょうがない性格なの思い出して、そういえば携帯も壊れたままで、頼んでた電池パックも全然取りに行ってないな電話でてないなって思い出してガラガラって崩れそうになる気持ちを抑えて応急処置として新譜じゃないその人のCDを買った。


そして切り干し大根買いに行って、あれ。醤油あったけ?みりんあったっけ?って最近自炊してないからわからなくて買ったら重くて、わたしのリュックもパンパンで肩こるぐらい重くて、そんなんなら軽くすればいいんだけど、なにを持ち歩けばいいのか、家に置いておけばいいのかわからなくて、歩く道が長くて手がしびれて来たら猫喧嘩してて

電池を買い忘れてまた買って、もううちに辿りつけないかもって思ったらあっけなく着いた。

うちにはCD聞く物が無くて早く聞きたいのに、いつもはあいぽっどにすぐ入れて聞くから…そして昔少し使ったポータブルCDプレイヤー的なものを探して、なかなか無くて、でもがんばって探したらあったよ。

買ってきた電池を入れて、破れにくいビニールを早く開けたいけど紙ジャケを傷つけないようにそーっと開けて、もう何年も使っていないCDプレイヤーの再生ボタンを押したら鳴らなくて、もう絶望的な顔して切り干し大根も放り投げたままで、再生ボタン連打したら少し時間差で流れてきたポップでキュートなイントロとさっきまで絶望的だった自分のアンバランスさに感動して。
なんだか涙溢れてきた。


そのまま切り干し大根煮付け始めたら希望見えて、作り方も知らないし、なにを入れるかもわからないしなぜか調べないし(笑)当てずっぽうで涙流しながら笑いながら作り始めて、もしかしたら今わたし怖いなー不気味だなーってちょっと頭よぎったんだけど、楽しくなって、きゅうりも漬けはじめて( ^ ^ )/□


そうして作った切り干し大根煮付けはなんだか美味しくなかった。(笑)

ちょっと家にあった醤油が古かったのか、油揚げが好きじゃないから入れなかったからなのかわからないけど全然優しく無くて。


おばあちゃんの甘い切り干し大根の煮付け食べたくなって、実家はね、一部リフォームしたんだけど、昔の床がミシミシする台所とか思い出してもう苦しくてクラクラ。


そしてもう一口食べたら、そういえば、唯一予約したCDってだんご三兄弟だったな。って思い出して。

なんだそりゃってウケちゃって。そいういうのも全部結局最後はCDから流れる歌で流してくれて、救われた。


あの、もうCD販売は時代遅れだっていうし、ダウンロードもあればゆーちゅーぶもあって
無料でも聞けるし、ネットにはだいたいなんでもあるし、もういらなくなって買う人もいなくなってくのかなって何と無く思ってた。っていうかわたしもそこまで沢山音楽聞かないし、そういうもんで時代の流れとか大きすぎて考える対象にすらなれなかった。

でも久しぶりにCDが愛おしくなった。

発売日を待ち遠しく思って、仕事終わったら買えるのが嬉しくて、今日はこれを聞きながら切り干し大根作るんだって少し浮き足立って、たくさんの困難的な小さな小石につまずきながら肩こりながら、部屋を散らかして探して、ジャケットの封をきって、なるべく指紋をつけないようにセットして再生ボタンを押して、流れてきた最初の音、瞬間。




親指一つでは味わえないよね。
会ったこともない人の歌なのに。
こういうのなくなったら、減ったら悲しい。
レンタルとかばっかだったし、CDショップってなんだか東京に行くような感じで心細くてあんまり行くの得意じゃないし、ネットで買えるしダウンロードすればすぐだしって思ってたし、これからもそうかも。
でも、やっぱり好きな人、好きになった歌はCDが欲しいな。特典も色あせるぐらい、歌がいい。
CDって買いにいくと悩んだ時から再生するまでの過程があって、すごく沁みるのかも。

そしてもっと好きになって、もっと助けてくれて。

沢山は買えないけど、しばらくご飯があまり美味しくない切り干し大根になってもモヤシになっても欲しいと思える自分がいて安心した。

あまり音楽狂い、超音楽好きというわけではないのですが、やっぱり好きなものは好きでそうじゃないものはどうでも良くて、でも救われることが沢山あるからいつまでも聞くことができる。

わたしは普通で何も持てない小さな手だけど、この気持ちをだれかにいつか体感してもらえる可能性があるって、その事実がまた救い。


わたしにもCDがあるよ。
それだけ持ってよう。



ちゃお。